Fラン母さんが長女有名大、次女医学部に押し込むまで~10~

ここからはいよいよ小学生4年生からの

中学受験スタート。

現在はその受験勉強も年々早まり

3年生から始まるところもおおくなっています。

先に言ってしまうといち子は関西なので

同志社中学校同志社高校同志社大学

いわゆるエスカレーターになることになります。

 

今ではPTAなど働くお母さんにとって負担になることは、かなり削減されています。

ですが、いち子が小学校にいた頃は「子供一人につき一回」という決まりがありました。

なので、いつ役員をするかはかなり重要なことで、ほとんどのお母さんが4年生までに済ませたいという希望がかなりあったように思います。理由としてはもちろん

・受験に協力したいため

・パートにでたいから

そんなところです。

驚きましたが、4年生を待っていたかのように、一定数のおかあさんはパートに

でます。おそらくこの先の学費などのために余裕をもっていまからパートを始める。そんなところです。

 

役員になると

私は引っ越してきた家族だったため、このあたりのことを全く理解しないまま

いち子は来年には4年になる年となりました。

そこで思い出したのが「役員をするなら4年まで」という言葉です。

その後だとどう大変なのかはわかりませんが、

3年生の時に役員に立候補しました。

そして約週一回の役員の仕事に参加することになったのです。

 

他のママの言葉「早く塾のテスト申し込んで」

ほかのお母さんたちが仕事が終わって入口周辺で話をしていました。

・テスト受けた?

・私はあそことあそこ

何を言っているのかよくわかりません。

ですが、そのまま帰るのもなんなので、

話を聞いているとどうやら塾のテストのようです。

 

「それって何?」

え、いち子ちゃん受けてないの?駄目じゃない。

と駄目じゃないといわれても私立に行く気もない。

すると他のお母さんが「行くか行かないかは別として

とにかく試験だけはうけなさい」といってきました。

 

なんのことかわからず秋のクラス分けの試験に申し込みました。

それも一つ。日能研だけです。なぜかというと、私が知っている

塾が日能研しかなかったからです。

 

そしていち子もなにもわからずテストをうけたのでしした。

 

日能研の入塾テストの結果を見て

戻ってくるテストの結果の前に、

連れていくとすでに入塾しているかのように

校長先生の説明があるんですよ。

そこでがっつりこころをつかまれ、みんな帰っていくんです。

そしていち子の結果は上位のクラスになることが判明しました。

本人でさえなんのことだかわかってない、

ですが学校ではそういった話があるようです。

そしていち子が

「私も日能研に行くんでしょ?」

「誰がきめたの?」

「なんとなく」そうなんです。

親がお尻を叩かなければ子供はわからない。ですが

学校での友達の会話の影響力はかなりのものらしく

人生で一度も習い事も塾もいったことない旦那が

不思議そうに「なんで?」というのを押し切っていち子も日能研

入ることとなりました。

 

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